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大洪水時代の再来か

昭和30年代に始まった高度経済成長時代、船橋は市街化が進み、行き場を失った水が河川に流れ込んで洪水が頻発するようになりました。

昭和50年代に入ると1年のうちに何度も浸水被害が起きるようになり、特に58年(1983年)、61年(1986年)は7回も大雨や台風による浸水被害があったほどです。

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当時被災したJR船橋駅前に住んでいた人は、「胸まで水につかった」と恐怖体験を語ってくれました。また海老川沿いの低い土地に住んでいたお年寄りの中には、逃げ遅れて2階から船で救助された人もいたといいます。

 

浸水被害には畳や家電製品などの損壊だけでなく、水が引いたあとの汚物の始末もあったとか。下水管などから雨や川の水が入り込み、家の中や庭に汚物が溢れて「臭くてたまらなかった」とのこと。感染症防止のために、市が消毒に回るのは当たり前の光景になっていたそうです。

 

県による二級河川・海老川の本格的な河川工事は昭和51年(1976年)から。61年の大洪水の経験から、63年に特別予算50億円を投じた、長津川の河道整備工事がスタート。

 

平成6年(1994年)に整備が終わって以降、大きな洪水は激減しましたが、25年(2013年)の台風26号で久しぶりに飯山満川が氾濫。この時の総雨量285ミリは船橋史上最大でした。

 

同じ頃、木戸川、駒込川も氾濫。避難勧告も毎年のように出て、流域全体が再び洪水、内水の危険にさらされています。

 

そんなとき、遊水地として機能している海老川上流地区を盛り土やコンクリートで固めたら、海老川下流域に再び大洪水時代がやってくるのは明らかです。

 

もし被災したら、その責任は行政にあると言わざるを得ません。

 

※水害のデータは、船橋市危機管理課発表の「風水害等の被害」をもとにしました。

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