5月27日、きららホールで行われた「第1回流域治水シンポジウム - 気候変動時代の新しい治水」は、土曜日の午前中にもかかわらず123人が参加する盛会となりました。東京都や千葉県内の他市からも多くの参加があり、水害が地域を問わない関心事であることを示しました。
<登壇者の講演内容の概略>
1. 嘉田由紀子 参議院議員(前滋賀県知事)
「都市化が進む市街地でのゲリラ豪雨・線状降水帯から身を守る『新しい治水』とは? - 滋賀県の事例を船橋につなぐ」
全国に先駆けて滋賀県で(通称)滋賀県流域治水条例を策定した原点は、「被害が出てからでは遅い。予防的措置をとりたい」との思い。このため今はハザードマップとして知られる「地先の安全度マップ」を作り、水害のリスクを見える化。そして川と共生して生きてきた先人たちの知恵を取り入れながら、「ためる」「ながす」「とどめる」「そなえる」という治水の仕組みを作った。こうした流域治水の施策は河川整備だけでなく、まちづくりや教育、建築など様々な分野の施策に関わるため、県のリーダーシップの下、住民を含む流域のすべての関係者が治水に関わる組織作りも行った。
船橋のような都市化が顕著な所で重要なのは「町中の遊水地(水を溜められる低地)」を確保することである。
と、船橋市民が我が事として流域治水を考える必要性を訴えた。
2. 千葉県河川整備課 古谷野克己課長
3. 船橋市下水道河川計画課 中村浩一課長
千葉県、船橋市それぞれ、現在行っている治水対策を解説。また千葉県は2019年の台風19号で大きな被害が出た一宮川流域で流域治水の施策に力を入れていることを紹介。
残念ながら、県も市も講演の撮影や発信、資料は遠慮してほしいとのことだったので詳細は控えるが、シンポジウム参加者からは「行政の治水の努力を初めて知った。資料が欲しかった」という声が多数。
4. 河川技術者・船橋市民 松尾弘道氏
「長津川から海老川へ」
高度経済成長期に急速に進んだ都市化によって、かつて船橋では洪水が頻発した。それを官民協働で克服。浸水図の変遷から、現在は海老川上流地区に水が溜まり遊水地として機能していることがわかる。海老川水系を将来の洪水から守るために、海老川調節池の早期完成と、海老川上流地区を調節池として整備することが必要ではないか。また治水施策には、地域の特性を知り、川と共生する知恵と歴史をもつ流域住民が参加することが大切。それにより人々が川を大切にする意識もつくられる。
と指摘。最後は、県の流域治水プロジェクトに指定された海老川水系の河川整備スケジュールを一日も早く具体的に示すこと、そして市、県、有識者、市民が話し合う場をつくることを求めた。
<嘉田由紀子議員との質疑応答>
千葉県と船橋市が退場したあと行われた質疑応答では、嘉田議員がマイクをもって参加者席に入り、観客と対話。その対話スタイルとフレンドリーな語り口、市民目線からの的確な問題点の把握に、会場は盛り上がりました。
参加者の質問は海老川水系、特に海老川上流地区開発(メディカルタウン事業)の問題に集中。流域治水全般の話が少なかったのが主催者としては少し残念ですが、身近な事例を元に流域治水を考えるきっかけになったのではないかと思います。以下、質疑応答の主な内容を整理しました。
土地開発と流域治水
(質問・意見)
千葉県の発表の中にあった一宮川の洪水ですが、茂原市は房総丘陵地帯のふもとに開けた町で、昔は水害はなかった。山と山の間が田んぼ(谷津田と呼ばれる)で、そこに水が溜まって遊水地になっていた。けれども県が大規模な住宅開発をし、またゴルフ場が無数に造られた。山を削って谷を埋め、田んぼを埋めたので、山に降った水が一気に流れてくるようになった。
海老川流域では、かつて田んぼだった所が畑となり、今は宅地になっている。降った雨がほとんど川に流れ込むようになっている。都市計画法などの改正があって市街化調整区域(注:原則として市街化が抑制されている土地)にもミニ開発ができるようになった。住宅を建てれば経済の振興にはなるだろうが、こんなことをしていては、流域治水はできないのではないか。
今問題になっている海老川上流地区の開発問題(メディカルタウン構想問題)は遊水地を潰す話。30数年前のバブルの時代、不動産業者はどんな土地でも空地さえあればすぐに開発した。ところが誰も手を付けなかったのが、あの海老川の上流。土地の条件(地質)が劣悪で、埋立てするにはものすごいおカネがかかるから。地主さんには申し訳ないが、あそこが自然の遊水地になっているおかげで、船橋市は非常に助かっている。
(嘉田)土地利用の問題は、とても重要。滋賀県では、10年確率(注:10年に一度の確率)で50cm以上水がつくところには開発許可を出しません。それが(私がつくった)流域治水条例です。リスクを理解して開発に歯止めをかけるのは市や県です。
海老川上流地区開発(メディカルタウン事業)について
(質問・意見)
自然遊水地として機能している海老川上流地区を市街化するメディカルタウン構想というのが進んでいる。洪水対策は予定地内に造る6つの調整池で足りるとしているが、やはり周りの田畑や耕作放棄地を利用した流域治水をするべきだと思うが、どう進めればよいのか。
(嘉田)千葉県は一宮川ですでに流域治水を行っているのでノウハウがあるはずです。一宮川と船橋の違いは、一宮川はすでに被害を受けた後だということ。被害が出たので、みんなが「どうにかしなければ!」となって、上流の方では調節池を造って水を溜める。しかも住民の人たちが住宅を移転している。この意思決定はほとんどできないことです。だから一宮川でやっていることはすごい。熊本県の球磨川では、自分たちの住んでいる所に4メートル水がついた。だからここを遊水地にしようという案が出ましたが、「いや、ここに住み続ける」と言って住宅移転がいまだに合意できずにいます。それくらい流域治水を進めるのは難しい(注:高台への住宅移転も流域治水の施策のひとつ)。一宮川で実際に参加した人たちのところに、どのように合意形成したのか聞きに行くと良いですね。
(松尾)河川整備の他に住民が参加することが大事です。市川の真間川では30年以上も住民と行政が交渉して流域治水の先駆的なことをしています。一時は意見が分かれて対立状態になったこともあったけれど、みんなで意見を出し合って克服して現在に至っています。
海老川上流の開発は区画整理事業といって、地主さんたちが土地を持ち寄って宅地を造るという私的な事業。そういう私的な事業に多額の税金が使われることになっているが、どう思うか。
(嘉田)市が区画整理の許可を出した時に区画整理組合とどういう約束をしているのかによるのではないでしょうか。国のおカネの使い方がおかしいと思っても国民は裁判できませんが、自治体に対しては住民監査請求というのができます。だからおかしいと思ったら住民監査請求を含め、弁護士さんも含めてちゃんと調べた方がいいですね。市議会ではその議論は出ていますか?
(市会議員)船橋市は区画整理事業に補助金を出すという条例を持っています。条例の中にどこまで補助金を出すかという基準が書いてあり、それに基づき、海老川上流地区の開発に56億円の補助金を出すことになっています。ただこの補助金の他にも、この地域を通っている鉄道に船橋市の予算で新駅を造ってあげましょうと、65億円を支出することになっています。そして区画整理が完成した暁には、船橋市が組合の保留地(注:売却して工事費に充てるためにとっておく土地)を60億円で買ってあげましょうということになっています。市長と区画整理組合がそういう合意をしていますので、この区画整理事業に船橋市が出すおカネの割合は相当大きなものになっています。今年の3月の議会でも、保留地を買うための60億円や補助金の一部が予算化されています。
(嘉田)船橋市民のみなさんはそれを知っているのでしょうか? まずはその辺の事実関係を市民の間で共有することが大事だと思います。
海老川調節池について
(質問・意見)
以前は市川の真間川水系も相当溢れた。それで真間川水系にはもう調節池が2つ造られ、3つ目に着手している。でも船橋市は長津川調節池は素晴らしいが、海老川調節池もまだできていない。それなのに海老川の上流で大型開発が行われ、水害のリスクを高めようとしている。おかしいんじゃないかと思い、市川市民ではあるけれど船橋市を応援するために去年の12月に船橋市長と千葉県知事と土地区画整理組合の理事長に、計画を見直すように要望書を出した。
海老川調節池は市川の大柏川調節池と同じ頃に計画されたが、45年以上経つのにできていない。工法が定まらないからだと聞いているが、いったいいつできるんだという話。
(嘉田)いつやるのかという問題ですが、行政というのは縦割りと過去からの経過に縛られるものなのです。担当課も辛いのです。でもとにかく55万トンの海老川調節池を早く造ってもらいたいですね。県に覚悟してもらって工法を決め、生きものにも配慮した調節池にしてもらう。この連立方程式は難しいですが、熊谷知事は「千葉県はちゃんと流域治水をやりますよ」と私におっしゃいました。
(松尾)真間川では大柏川調節池を造ったおかげで、市川の市内は相当被害が減ったと言われています。平成25年の台風の時には長津川調節池も満杯になりましたが、そのおかげで海老川の下流では浸水被害は非常に少なくてすんだ。今後の流域治水の要として海老川調節池を早急に造っていくことを市民の声として出していけたらと思います。
流域治水と生物多様性の保護
(質問・意見)
市川には「真間川の桜並木を守る市民の会」というのがある。その人たちは、昭和50年代から月に一回、夜、千葉県の河川担当の人たちと会議をもって治水を進めながら、同時に自然環境を守ろうということをやっている。たとえば調節池を全面自然系で整備し、市民の憩いの場、生物多様性を守る場として活用している。私も「市川緑の市民フォーラム」という別な会を作って、まちづくりと治水、そして緑を残すということをやっている。都市化によって水がしみ込んだり溜められたりする所がなくなって浸水被害が起きる。同時に都市化の中で自然が失われる。逆に言えば、浸水を減らすことと自然を守ることが重なった。
(嘉田)素晴らしい。その両方が重なったことを、ご先祖さま達はずっとやってきたんです。水を利用して田んぼをつくる。そこに赤とんぼも、魚も、他の生きものもいる。恵みも災いもみなセットで川と付き合ってきたんです。
先ほど嘉田さんが霞堤(注:連続堤防ではなく、ところどころに切れ目を入れた堤防。大雨の時には堤防の外に水を逃がして下流域の洪水を避ける)の話をされたが、あれもまさに先人の知恵ですね。その知恵をなぜ我々は生かせないのかと、ほんとに悔しい。
治水・まちづくり・住民参加
(質問・意見)
真間川水系の3つ目の調節池の工事が始まるが、それも全面自然系にしてほしいという交渉を県としたばかり。そういうことが大事だと思う。みんな仕事や生活があって忙しいけど、やっぱり自分の住んでいるところを守るのは自分たち。命を守るのは自分たち。まちづくりは自分たちでやるべきだと思う。
治水の会議には有識者が呼ばれると聞いたが、どんな人が有識者として呼ばれ、どんな基準で選考されているのか。たとえば嘉田先生はどういう観点で有識者を集めたのか。
(嘉田)そもそも有識者という言葉がおかしいと私は思います。無識者なんていないんです。だから私は有識者という言葉は使いませんでした。流域治水の委員会では、専門性(特に河川工学的な知識)を持っている人、地域社会の研究をしている人、住民当事者の三つのバランスを必ず取りました。住民当事者に専門家と同じ列で入って頂くというのが私の方針でした。それをするところはあまりありませんが、本当はそうするべきなんです。住民は住民という専門家ですから。だからそういうことがやれる市長や知事を皆さんが選んでほしいですね。
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