令和4年1月18日、県の都市計画審議会は大荒れに荒れた。
市が海老川上流地区という遊水地(氾濫原)を盛り土で埋め立てる危険性を検証していないことに対し「見過ごすことができない」、市民説明会を拒否していることに対し「許されるものではない」などと、審議委員達が厳しく意見したからだ。市は半ば吊し上げ状態になった。
しかし事業の不採択を恐れた審議会会長は、かねて審議会の担当である県の都市計画課と手はずを決めていたのか、付帯意見をつけることで、採択の流れを作った。
県の都計審というのはシャンシャン会議で、議案が不採択になることはないという。だが人の命と財産に関わる問題だけに、委員たちには無条件で賛成することにためらいがあったと思う。その背中を押したのが「安全性の検証をし、市民に丁寧に説明を重ねること」という付帯意見だった(※1)。
案の定、委員たちはほっとしたのだろう、多くの人が賛成に手を挙げ、海老川上流地区土地区画整理事業は採択されてしまった。
夢を見ているようだった、目の前の出来事が現実のものとは思えなかった。あれほど危険と言われた事業を、なぜ採択するのか。
ザワザワと出口に向かう傍聴人の波に押されるように、私も出口に向かった。失望感でいっぱいだったが、それでもドアのところで振り返り、ゆっくり一礼した。それは結局採択に手を挙げたけれど、真剣に議論してくれた委員達へのお礼のつもりだった。
そう、私は年明け早々、27人の委員すべてに、事業は洪水の危険があると手紙で訴えていたのだ。数日後には全員に電話。国交省や経産相の局長とは直に話すことはできなかったが、半分近くの委員達とは直接話をすることができた。
それに先立つ12月27日には、知事と審議会の会長あてに同様の内容の誓願書も出していた。
絶対に被災者を出してはならない。だから審議を延期するか、安全性に問題があるとして、議案を市に差し戻してほしかったのだ。
外に出ると曇天だった。
「船橋の人達に、この審議会の様子を知ってほしいですね」
一緒に傍聴していた人が言うと、別の人が言った。
「でも都計審の議事録って、県のサイトにアップされるまでに半年以上かかるそうですよ。以前結果に不満を持つ人が審議委員を刺した事件があったとかで、わざと公開を遅らせると聞きました」
本当かどうかはわからなかったが、気持ちがさらに暗くなった。
付帯意見の舞台裏
でもへこたれてはいられない。せっかくついた付帯意見、生かさなければもったいない。ただ気になるのはその位置づけだ。事業開始の条件になるのだろうか。
翌日、県の都市計画課に電話をすると、職員は「条件にはなりません」と言った。付帯意見には強制力がないというのだ。知事と会長あての誓願書を受け取ってくれた職員だった。
「そうですか。では洪水の引き金は引かれてしまったということですね…」
やはり審議会会長と県の都市計画課は、付帯意見を付けて市民の安全を図るポーズを見せながら、実際は工事を始められるようにしたのだと思った。
委員たちは本当に事業を進めてもいいと思ったのだろうか。なかでも納得できなかったのは、「流域治水」の旗振り役である国土交通省関東地方整備局の対応だ。
「海老川水系は昨年、流域治水プロジェクトに指定されている。それなのに、なぜ洪水の危険がある事業に賛成したのか。他の誰が賛成しても、国交省だけは反対しなくてはならなかったのではないか」と聞いたが、「あれだけ言われて船橋市が何もしないとは考えられない。また認可権者は千葉県なので」と責任逃れの言い訳に終始した。
審議会会長には「議案は原案どおり可決されている。これからは市民の皆さんが、市街化編入による開発の及ぼす影響が、許容範囲を超えない計画となるように働きかけを続けることが重要になる」と言われた。
危険な事業を採択しておいて、あとは市民がなんとかしなさいと言うのか。ふざけるなと思った。何のための都市計画審議会なのか。(※2)
国と県と市に見捨てられた海老川下流域15万人。無念のひと言だった。
議事録に見る職員の思い
私にできることは、2月15日から始まる市議会に陳情書を出し、市にこの付帯意見を守るよう勧告してもらうことだった。それにはどんな審議がなされたのか、議員のみなさんに知ってもらう必要がある。
再度県の都市計画課に電話し、
「市議会に資料として提出したいので、いつ議事録が県のサイトにアップされるか教えてください」
と言うと、先日の職員が、
「通常1カ月半あればできるので、3月初めにはアップできると思います」
とのこと。そして、
「(船橋市の)皆さんが待っていると思うので、がんばります」
と言ってくれた。うれしかった。
早速陳情書の最後に、「3月初めに議事録がアップされ次第、資料として提出します」と書いた。
議会が始まり、市は予想どおり、当初の計画のままの予算案を議会に提出した。あれほど意見されても、安全な計画に変える気などさらさらないのだと思った。
そして議事録ができると聞いていた3月初め、県の都市計画課に電話をした。しかし職員は以前とは打って変わった冷たい口調で、
「いつアップできるかわかりません。見通しは立っていません」
と言った。
「え?」
やっぱり半年以上先なのか? でも仕方がない。
市議会には傍聴した時のメモを提出し、議事録は間に合わなかったと伝えた。
その翌日の午前中、電話が鳴った。都市計画課の職員からだった。
「今アップしました」
明るい声だった。そして「今県のサイトを見られますか?」と言って、私が議事録に辿り着けるように、どこをクリックしていけばいいか、丁寧に教えてくれた。
「あ、本当ですね! ありがとうございます!」
職員はあのあと、上司に掛け合ってくれたのかもしれない。
「がんばってくれたんですね」
「…はい」
涙が溢れた。見ていてくれる人がいたんだ。船橋のことを心配してくれる人がいたんだ。
自分にできる精一杯のことをして応援してくれる気持ちがありがたかった。
早速プリントアウトして議会事務局に届けた。しかし陳情の結果(議会の意向)を待つまでもなく、市は付帯意見を実行すると議会で答弁し、工事は延期になった。
尊い思いに励まされながら
あれから6カ月。洪水のシミュレーションは5月に県の提案でやり直しになり、8月末、ようやく結果が発表された。それは、いつ完成するかわからない県の河川工事を検証条件に入れ、「だから被害は軽減する」というものだった。危険と言われた計画から1ミリも変更することなく、工事に入るという。市と県による詐欺的な検証と言わざるを得ない。
昨年からずっと、市と県の上層部は、この危険な事業を原案どおり進めようと相談してきたのだろう。都計審の委員たちの声も、市民の安全のことも、彼らの頭の中にはなかったのだ。未だかつて、これほど行政に不信感を抱いたことはない。
しかしその陰で、洪水のリスクに胸を痛め、真剣に市民を心配する職員たちがいることを、私は知っている。あの県の職員、そして市の職員たち。
固く閉ざされたまま開かない「洪水を起こさない安全な計画」への扉だが、彼らの温かく、尊い思いを胸に、これからも進んでいこうと思う。
(山田素子)
※1 付帯意見はその場では発表されなかったが、会議の流れで内容は見えていた。付帯意見は会議後2時間ほどで県のサイトに発表された。
※2 「意見らしい意見も出ずに採択されるのが県の都市計画審議会。にもかかわらず付帯意見をつけさせたのだから、審議会会長はよく頑張ったと思う」と言う人もいる。確かに厳しい意見の多くは会長が出していたため、こうした見方があることも書き添えておく。
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